ふじたなおゆきの議〜日々是感動〜

誰かを許せる そんな自分になるための考え方

ものの見方、考え方、、、

みたいなものを1番最初に考えさせてくれたのは、

サラリーマンになったときだった。

新入社員で、

僕はNTTの東京支社文京支店というところに配属になった。

そこの支店では、

僕ら入社3年目までの社員を育成する担当として、

とってもやさしい年配の課長さん、大石さん

そして、超抜けているずっこけな係長さん、今井さん、

の2人がいた。

ある日、その大石課長が、

新入社員の僕らむけに講義を開いてくれた。

 

そしておもむろにひとつの絵をみんなに見せた。

 

満員の駐車場で、みんなが並んで待っているのに、

入口の前の駐車スペースのないところに、

いい加減に止めている車の絵を見せてくれた。

運転手は乗っていない。

ひどい駐車の仕方だ。

 

「これを見てどう思う。」

 

大石課長は僕らに聞いた。

僕は、それを見て、こう答えた。

 

「ひどすぎますね。ふざけるなって感じです。

きっちりとめるように誰かが注意すべきですね。

管理するひとをおくとか、

罰金制度をもうけるとか・・・」

 

そんな答えを僕を含めてみんながしたと思う。

どう罰するか、

どうこんなひどい行為をしないように注意するのか、

そんなところに僕らの注意は向かっていた。

 

すると大石課長はその絵の解説をしだした。

 

「この車はな、

57歳の母一人、23歳の息子一人、

わけあって、たったふたりで暮らしている

中のいい親子の持ち物なんだ。

兄弟も、親戚もいない。

たったふたりで、

だけど、幸せに暮らしていたんだ。

ある日、食事中、大切な母親が、

心筋梗塞で苦しみはじめた。

今にも死にそうに見えたんだろうなぁ。

救急車を呼ぶよりは、

近所の病院へ、

自分が連れていくのが早いって判断したんだろう、、、

息子は、自分で運転して

病院へ母親を連れて来た。

だけど、病院の駐車場はいっぱいだった。

停めるところがない。

母は隣で今にも命の灯を消しそうになっている。

さぁ、どうする、

彼は、本当に無我夢中で、

駐車場に突入し、

受付の前に止め、

そして、まずは、お母さんを救急に運び込んだんだ。

そして、そのあと、駐車場に戻り、車をちゃんとした

ところに停めなおした。

実は、この車の絵は、

丁度、お母さんを病棟の中に入れた瞬間なんだ。

必死で泣きながら、この世でたったひとりの

肉親であるお母さんを

心筋梗塞で今にも死にそうになっているお母さんを

病院に運びこんでいる瞬間なんだよ。

君らと同い年くらいの青年がね。

 

さぁ、ゆっくり想像してみてくれ。

 

このことを知っても、

君たちは、この車の主に、

ふざんけるなとか言えるかな。

罰金制度があります、、、

なんて言えるかな。

 

いいかい、ぱっと見だけで、

そのひとを非難しちゃだめだ。

なぜ、そんなことを彼はしてしまったのか?

なぜ、わざわざひとがいやがることをしているのか?

そんなところを考えてあげてもいい。

ムっとしたときは、

いったん冷静になり、

相手の立場で考えてあげたらいいと思う。

 

まだ、今は少し難しいかもしれないけど、

どんな仕打ちをうけても、

どんなひどい行為をしているひとを見ても、

そうするしかなかったっていうドラマを想像してあげたらいい。

実際と違ったっていい。

その行為をしているひとをかばえるくらいの

ドラマを想像してあげたらいい。

きっときっとそのひとを許せるから。」

 

もう四半世紀前になる、

その新入社員研修を今でも僕は明確に覚えている。

明確にだ・・・

ひとの行為をすぐ非難したり、

否定したり、するのは簡単だ。

だけど、なぜ、それをせざるを得なかったのか、

そこの部分まで心を飛ばしてあげたいなって感じたんだ。

同じ行為を見ても、

それを見る切り口によって、

僕の気持ちも、変わるし、

そのひととの関係も変わるなって感じた。

大石課長から教わった大きな贈り物だ。

 

先日、ミクシーのコミニティで、

大石課長の言葉を思い出させてくれる記事に出会った。

大石課長元気にしているかなぁ???

是非、みんなにも読んでもらいたいなぁ。

 

:::::

 

ある先生が小学校5年生の担任になりました。

クラスの生徒の中に、

勉強ができなくて、服装もだらしない

不潔な生徒がいました。

その生徒の通知表にはいつも悪い評価しか

書いていませんでした。

あるとき、この生徒が1年生だった頃の記録を見る機会が

ありました。

そこには、

「明るくて、友達好き、人にも親切。勉強も良くできる」

と、書いてありました。

間違っていると思った先生は、

気になって2年生以降の記録も調べてみました。

2年生の記録には、

「母親が病気になったために世話をしなければならず、

ときどき遅刻する」

と、書かれていました。

3年生の記録には、

「母親が死亡、毎日、悲しんでいる」

と、書かれていました。

4年生の記録には、

「父親が悲しみのあまり、

アルコール依存症になってしまった。

暴力をふるわれているかもしれないので注意が必要」

と、書かれていました。

先生は急にこの生徒が愛おしく感じました。

悩みながら一生懸命に生きている姿が浮かびました。

放課後、先生はこの生徒に、

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、

一緒に勉強しない?」

と、男の子に声をかけました。

男の子は微笑んで、その日から

一緒に勉強することになりました。

6年生になって男の子は先生のクラスではなくなりましたが、

卒業式のときに先生は男の子から、

「先生はぼくのお母さんのような人です。

ありがとうございました」

とい、書いたカードを受け取りました。

卒業した後も、数年ごとに

先生は男の子から手紙をもらいました。

「先生のおかげで大学の医学部に受かって、

奨学金をもらって勉強しています」

「医者になれたので、患者さんの悲しみを癒せるように

がんばります」

などと手紙に書かれていました。

そして、先日、届いた手紙は

結婚式の招待状でした。

そこには、

「母の席に座ってください」

と、書き添えられていました。

(鈴木秀子先生のお話より 月刊『致知』)

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*

どれだけ苦手に思える相手でも

相手の考えや行動の背景にある家族関係から来ている心の傷まで知ると、

「ゆるせない」

という執着・感情は不思議と消えていくものです

人には見た目の雰囲気だけではわからない、

過去の物語がそれぞれあります。

それを想像してあげるだけでも

許せない・・・

 

なんて気持ちは消えていくのではないでしょうか?

 

そんなことを考えました

 

 

おもしろき こともなき世を おもしろく 

ではまた!

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