ふじたなおゆきの議〜日々是感動〜

サンタクロースは本当にいるのか?信じる心とは

「信じる」という力は、

僕らの人生を変えるほどの力を持っている。

目に見えないものを「信じる力」

客観的な数値で表せないものを「信じる力」

なによりも、自分自身を「信じる力」

それこそが、僕らの人生を

どれだけ彩(いろどり)豊かにするか分からない。

 

それは、宗教かもしれないし、

それは、スピリチュアルな話かもしれないし、

不思議な力、

自分の中にあるまだ表面に表れていない力、

いろいろあるだろう。

それらをどこまで信じるか、

現代科学では、まだ、証明しきれないものを

どれだけ信じるか、

これが重要だ。

 

現代社会で証明されているものは、

信じる必要はない。

それは知識として知っていればいいんだ。

「信じる」のは現代社会で証明されていないものだ。

それはいつの日か、科学で証明される日がくるかもしれない。

でも、それはさして重要ではない。

僕らは科学者じゃないんだから。

 

もし、今僕がしているような話が嫌いなひとがいたら、

こういう表現でもいい。

 

自分自身の心をマネージメントし、

プラスに自分自身で導く能力、、、

そう表現してもいいかもしれない。

 

僕は「元気な気持ち」が欲しいとき音楽を聴く。

「ゆったりした気持ち」が欲しいときお風呂に入る。

心に「やる気」を充ち溢れさせたいとき、

本気で何かに取り組んでいるひとのそばにいく。

「燃える気持ち」にしたいとき、

大好きなマンガを読む。

「楽しい気持ち」になりたいとき録画したロンドンハーツを見る。

「ぴりっとした気持ち」になりたいとき、

映画「13DAYs」等、社会派の映画を見る。

 

僕は50年近い年月の中で、

こんな風に、

それなりに自分の心の状態をマネージメントする術を

学んできた。

 

その中で、最もパワフルな

マネージメント方法が、

「信じる」という方法なんだよ。

 

自分の心をプラスにマネージするのに、

最高の手段が

「信じる力」なんだ。

 

自分の未来を信じる。

友人の可能性を信じる。

見えない力を信じる。

素敵なファンタジーを信じる。

奇跡を信じる。

 

これら「信じる」ということがどれだけのパワーを

僕に、そしてまわりのひとたちに、くれるか分からない。

 

ただ、やみくもに信じることは、

己を見失う可能性もある。

それが難しいところでもある。

自分を信じること、

神様を信じること、

仲間を信じること、

信じる中で、

裏切られたと感じることもあるだろう。

信じる中で、

だまされることもあるだろう。

 

それでも、信じることができるのか、

それが人生に大きく影響を与える。

 

そして本当に僕の中で信じることができたら、

それは、

仮に、現時点で、

目の前に見えないもの、

手に触れられないものであっても、

間違いなく、

僕の心に存在するんだ。

 

つまり存在しているんだよ。

ここに確かにあるってことだ。

 

自信なんてないけど、

自分の明るい未来を信じられたとき、

間違いなく、

この世界に、

自分の明るい未来が存在している。

今、この場に、

僕の胸に、

僕の心に存在しているんだ。

 

そして、それが存在しているからこそ、

僕は今日もチャレンジできる。

 

そんなことを今日も考えている。

 

クリスマスが近づくとこんな話を思い出す。

20世紀を間近に控えた1897年のアメリカ、

日本が日清戦争に勝利し、

日露戦争へとカウントダウンをはじめるころ、

遠いアメリカの新聞社に1通の手紙がくる。

それはある8歳の女の子からの手紙なんだ。

:::::::

編集者さま: 私は8さいです。

私の友だちに、「サンタクロースはいないんだ」

と言っている子がいます。

パパにきいてみたら、「サン新聞に問い合わせてごらん。

新聞社が『いる』というのなら、

そりゃもう確かにいるんだろうよ」と言いました。

ですからお願いです。

教えてください; サンタクロースっているんでしょうか?

              ヴァージニア・オハンロン

 西95 番街115 番地

::::::::

 

そして編集者のひとりが、

この手紙をうけて、

社説で、回答するんだ。

それが、世界で最も有名な社説になる。

 

 

 

 

::::::::

 

ヴァージニア、お答えします。

サンタクロースはいないんだというあなたのお友達は間違っています。

きっと、その子の心には、なんでも疑ってかかる、

「疑り屋根性」というものが染み込んでいるのでしょう。

疑り屋は目に見えるものしか信じません。

疑り屋は心の狭い人たちです。

心が狭いために

自分ではよくわからないことがたくさんあるのです。

それなのに自分がわからないことは

全て嘘だと決めつけているのです。

(中略)

そうです、ヴァージニア。

サンタクロースがいるというのは、決して嘘ではありません。

この世の中に、愛や人への思いやりや

まごころがあるのと同じように、

サンタクロースも確かにいるのです。

あなたにも、わかっているでしょう。

世界に満ち溢れている愛やまごころこそ、

あなたの毎日の生活を美しく、

楽しくしているものなのだということを。

(中略)

サンタクロースがいない、ですって?

とんでもない。

うれしいことにサンタクロースはちゃんといます。

それどころか、いつまでも死なないでしょう。

1千年後までも、100万年後までも、

サンタクロースは子どもたちの心を、

今と変わらず喜ばせてくれることでしょう。

 

 

:::::

 

 

この記事には賛否両論あるでしょう。

意見したいひともいるでしょう。

 

でも、僕は思うんだ。

 

たとえ、サンタの肉体がこの世になかったとしても、

僕らがサンタのようなおもいやりを持ちさえすれば、

この世にサンタは存在する。

 

サンタというおもいが存在するんだ。

 

「おもいやりの心」や

「やさしさ」や

「愛」や「希望」

と同じように、

「サンタのおもい」は存在するんだ。

 

僕はこの社説が好きだ。

 

そして、この社説が好きなひとが好きだ。

それでいい。

それでいいじゃないか。

 

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