ふじたなおゆきの議〜日々是感動〜

自由と責任

人間って不思議だなぁって思う。

 

もっと自分らしく生きたい。

もっと、自由に生きたい。

誰かに使われるのはいやだ。

俺の人生は俺が決める。

 

そんなことを思いながら、

そんなことを言いながら、

結局、誰かに使われている状況が好きだったりする。

サラリーマンは使われているとか、

経営者は使われていないとか、

そんなことを言っているんじゃないよ。

 

サラリーマンだって、

自分で仕事を切り開き、

自分で、給料を積極的に決め、

自分で、事業を興している覚悟で仕事をして、

チャレンジしているひとはいる。

もちろん、経営者と違い、

責任範囲は狭いかもしれないけど、

自分の頭を使い、

自分でコントロールしているサラリーマンだっている。

 

でも、

多くのひとは、

自由になりたいって言いながら、

だれかに言われた仕事をしているだけだ。

言われたことをやっているだけだ。

 

不思議だよね。

そのひとに、

人に使われるの好きですか?って聞けば、

 

もっと自分らしく生きたい。

もっと、自由に生きたい。

誰かに使われるのはいやだ。

俺の人生は俺が決める。

 

って希望すると思うんだ。

違うかな。

それなのに、なぜか、多くのひとは、

なるべく大きな会社で、

名前の売れた会社に入り、

上司に決められた仕事を

決められた通りにやることを希望する。

 

んんん、不思議で仕方がない。

 

ノーベル賞も受賞しているバーナード・ショーは言っている。

 

「自由とは責任を意味する。

だから、たいていの人間は自由を恐れる。」

 

 

なるほど。

そういうことか。

 

人間は自由に生きたいけど、

責任を持つのはいやなんだ。

人間は自由に生きたいけど、

リスクを持つのはいやなんだ。

人間は自由に生きたいけど、

恐怖感を持つのはいやなんだ。

 

納得だね。

だったら、自由なんて求めることできないよね。

だったら、ひとに人生をゆだねるしかないよね。

 

チャレンジは怖いものだ。

未知の世界へ飛び込むのは勇気がいるもんだ。

 

大きな組織の枠の外にでるってことは、

自分の力が大きく試されるってことだ。

 

できる自分も、

できない自分も、

能力のある自分も、

能力のない自分も、

露呈してしまう。

 

 

それは怖いよね。

 

だから自由になりたいと言いながら

努力をしない

納得だなぁ。

 

そういう人生もありだろう。

 

ただ、そんなひとに言いたい。

 

自分の将来は、自分で作るしかない。

親だって、奥さんだって、旦那だって、

人生を作ってくれることはない。

彼らは、あくまで、

応援してくれるだけだ。

 

自分の人生の選手は自分でしかない。

自分でやるしかない。

誰かに人生をゆだねた瞬間、

それは他人の人生になるかもしれないね。

 

そうなったら、

あとの結果は環境のせいにするしかない。

 

だって環境に人生を委ねたんだから・・・。

環境が悪い、

俺はついてないって言い続けるしかない。

それはどうかなぁって思う。

 

 

僕は君に言いたい

 

君には君の人生を生きて欲しい

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